• お見合いパーティー、こんな行動はNG

    お見合いパーティーには、いくつかのNG行動があります。
    その中でも一番NGなのは、「相手にしつこくする」ことだとわたしは思います。
    とくに男性の場合、あまりしつこくし過ぎると、
    相手の女性に恐怖感を与えてしまうかもしれません。

    最悪の場合、お見合いパーティーの運営会社に通報され、
    以後、その会社のお見合いパーティーには出入り禁止! なんてことにもなってしまいかねません。
    冗談のように聞こえるかもしれませんが、
    これ、本当に有り得る話なんです。

    わたし自身、以前、お見合いパーティーに参加したあと、
    帰り道で参加者の男性に待ち伏せをされてすごく怖い思いをした……という経験があります。
    その男性にしてみれば、悪気はなかったのでしょうが、
    待ち伏せされる側としてはとても気味が悪い思いをしました。

    お見合いパーティーに限らず、相手の気持ちになってものごとを考える、というスキルは大切です。
    先に挙げた例をとってみても、
    女性側の気持ちになってものごとを考えることができれば、
    帰り道で待ち伏せをする、
    なんてことは「相手を怖がらせるかもしれないからやめておこう」という判断がつきますよね。

    相手に声をかけたいのであれば、それはパーティー会場の中でするべきだと思います。

    相手の気持ちになってものごとを考えることのできない人は、
    上記に挙げた例以外にも、お見合いパーティーでいろいろとNG行動を侵しがちです。

    そういう傾向があるかな? と少しでも思った人は、
    日頃自分がお見合いパーティーでどんな行動をとっているかを、
    一度見つめ直してみると良いかもしれませんね。少なくとも、損にはならないはずです。

  • ライトノベルについて思うこと

    ライトノベルというジャンルがある。

    文章の形態が特異であるであるが、つまりは批判しているやつらは、骨董品なのだ。
    自分の理解できないもの、知らないものは評価しない。
    つまりは先細りの世界に生きていて、それが理解できてないのだ。

    紀貫之が、女性の習慣だった日記というものを、文学に昇華させたように、ライトノベルも、そういったものになるはずなのに、骨董品達は口を揃えていう。
    これは文学では無いと。

    分類をするなら、赤川次郎の作品をライトノベルの先駆けとする人もいる。兄の本棚から何冊か読んだが、なるほど彼の推理小説は、推理よりキャラクターにスポットライトが与えられていたように思う。

    今日、あまりにすることがなくて、『空の境界』を買ってきた。大学時代に月姫を知っていた世代として、気になっていた作品だ。

    大学卒業後、仕事一筋だった俺が、自分を第一に考えるように変化するためには、順当な時間の使い方だと思う。
    これがライトノベルと言えるかしらないけど。

  • 日本の文化です。

    年賀状は日本の文化だと思っております。
    自分が子供の頃は毎年12月15日くらいになると、ソワソワしたりワクワクしていました。
    それは年末恒例の年賀状が書けるからです。

    来年は何年だっけ?うし?うま?などと考えるのも楽しかった記憶があります。
    いったい何人の友達に出せばいいか、何人の友達から年賀状が届くのか?これもかなり気になるポイントです。

    自分に来る枚数と出す枚数に誤差がありすぎるととても困ってしまうからです。
    多く買いすぎていざ元旦から四日間。ふたをあけてみれば出した枚数よりも多く来ている。

    当時はコンビニなんて無かったので郵便局が始まる7日まで待って急いで追加分を購入していた気がします。
    逆に余った場合もありました。
    これは焦りません。年賀状お年玉クジがあるからですね。
    余った年賀はがきで切手が当たったこともありましたから。

    ここ近年ではネットやスマホといった高度成長による便利なもので年賀の挨拶が済まされてしまうのが残念です。
    今一度童心に帰って年賀状を書いてみるのも良いのではないでしょうか?
    ネットから年賀状を印刷して、投函までしてくれるサービスまであるのですから、ネット世代の方にはいいのではないでしょうか?
    しかも、自宅で印刷するよりも出来がいいし、料金も抑えられるとか。
    日本の心を忘れずに、年賀状印刷を検討して欲しいものです。

  • ただ!の意味は?

    1歳4ヶ月になる息子は、話したいのか最近いろいろな声を発するようになってきました。
    特に最近はご飯を食べる時に手を合わせて「ただ!」と言うようになりました。
    おそらく「いただきます」の省略形だと思います。

    また家に入る時にも「ただ!」と言うようになりました。
    これは恐らく「ただいま」の省略形だと思います。
    家の中でもあちこち走り回るようになり、「どこですか~?」と声をかけたら「どこぉ」や「ここぉ」という声が返ってきます。
    でもなぜか「お母さんは?」「ママは?」と聞くといつも必ず「えへへ」と返します。どういう意味なのでしょうか?

    私達は今、中国で生活しており、日本人のいないエリアにいて、主人は中国人、テレビも中国語のものしか映らない環境にいます。
    そのため、息子が少しでも日本語に近い言葉を話してくれるととてもうれしくなります。
    彼にとって触れる日本語は私の日本語がほとんどです。
    ハーフの子供は頭の中で2種類の言葉を処理しているので、話し出すのが遅いとも聞いたことがありますが、焦らずにその時を待ちたいと思います。
    息子が自分で声に出してちゃんと言える言葉は何になるのか、いつお母さんあるいはママと呼んでくれるのか楽しみです。